原稿用紙2枚分

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教養

 先日「編む庭」というイベントに登壇させていただいた際、Web編集者にこれから必要なものは?という質問に対して「教養」と答えた。この答えを用意するまでにだいぶ迷い、「写真や動画の技術」「センス」「日本語の基礎力」など、必要だけど無難なものをいろいろ考え続け、何か違う、自分なりの指針がもっとあるはずだ、と再度考え直して、「教養」に落ち着いた。自分に対してもハードルを上げることになってしまった。
 Webにあふれる情報は本当に玉石混交で、それは先般のキュレーションメディア問題よりもっとはるか昔からある現象だ。それが玉なのか石なのかは情報を受け取る側の知識によって大きく変わるし、時代によっても大きく変わる。私は未だに、鎌倉幕府が作られた年を「1192年」からアップデートし損ねている。それでも「確か鎌倉幕府樹立の年代は解釈が変わったはず」という引っかかりさえあれば、正しい情報を求めるためにもう一歩先に踏み出すことができる。
 少しジャーナリズムに触れたことがある人は「情報は疑うもの」というフレーズに触れたことがあるかもしれない。例えば専門性を持つ人にインタビューする機会があったとき、インタビューイが話すことをそのまま文字に起こして記事を構成する人はあまりいないだろう。インタビューイはコンピュータではなく、正しいことを即座に言ってくれる機械でもない。その原稿と対峙するときに「この情報は本当に正しいんだっけ?」と思って調べる。調べて記事に反映する。インタビューイが例え間違ったことを言っていたとしても、それはインタビューイのミスではないし、聞き手のミスでもない*1。そこで記事をより良いものにするのが、「教養」というものへの向かい合い方なのではないかと考えている。

 

*1:おそらく「オーラルヒストリー」の分野ではきちんと体系立ったことが行われているのだと思うので、そのうち本を読んでみたい。