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原稿用紙2枚分

はてなブログの文字カウンターで800字分

大阪・中之島

大阪に行ってきた。行程の中で一人で適当に歩くのにちょうどいいくらいのまとまった時間があったので、散歩してきた。Ingressもやりつつ写真も撮りつつというのはなかなか難しいし、どっちかに集中した方がよりよい成果――何をもって「成果」とするのかよくわかんないが――を得られるのだと思うけど、気ままに散歩するというのが何よりやりたかったことだったので、ドラマ「あさが来た」にちなんだ場所をいくつか調べて、歩けるところまで歩いた。中之島のあたりはドラマの舞台そのものなので歩こうと思ったらいくらでも歩ける。しかし、ちょっと歩きにくい靴だったのと、とにかく寒かったのとで、途中で心が折れて引き返してきた。引き返す途中できらきら光る川面を見た。もう何度も、大阪に住んでいるころから本当に何度も堂島川土佐堀川を眺めたけど、きっと一生飽きることはない。だいたい同じ風景の中で、川べりに建つビルが入れ替わっていく。

SMAP

SMAP解散騒動が勃発してからというもの、常に頭のどこかでSMAPのことを考える日々が続いている。「#世界に一つだけの花」を合間合間にチェックし、寝る前にも一通り目を通す。明日の朝も無事に迎えられますように、せめて悪いニュースはありませんように。いいニュースは実はあまり期待していない。ジャニーズ事務所が「テレビやCMに出演するタレントを管理する芸能事務所」として機能不全を起こしていることはいろいろな形で噴出してしまった。

レコチョクで古めの曲を聞き返す。がんばりましょう、オリジナルスマイル、夜空ノムコウ、SHAKE、そして世界に一つだけの花。あの頃の未来なんだろうか、今は。未来はきっとこれからもっと混沌としていくんだろう。せめてSMAPの5人、そして後輩グループたちが納得の行く未来に立たせてあげたいのだけど、ファンが直接なすすべはない。世界に一つだけの花のCDシングルを淡々と探している。

「バイバイ」

なんとなく大相撲春場所大阪府立体育会館ネーミングライツがつらい)をテレビで見ている。

 

大阪に住んでいるとき、ちょうど大相撲の不祥事で春場所の開催がなくなった。大相撲か何のスポーツ観戦でそのうち大阪府立体育会館に行くことがあるだろうとぼんやり思っていた。でもその機会はないまま大阪を離れた。中継ではあべのハルカスの開業を紹介していた。行くことはあるだろうか。大阪に行く機会はあっても、純然たる観光をする時間は意外とない。

 

行かないままになった春場所を見ていると、大阪で最後に住んだ場所を思い出す。そしてなぜかわからないけれど、もう戻ることのない夫の実家、そのうち実家でもなくなってしまう場所に、最後に鍵を掛けるとき、夫が玄関から中に向かって「バイバイ」と手を振ったことを思い出す。私の実家は賃貸で、今も家族が住んでいるけれど、強い帰属意識はない。夫にはおそらくあった。あの「バイバイ」は私にとって重い。

新幹線の思い出

夕方頃に上りののぞみに乗っていた。長い長い静岡、箱根の山を越えて、窓側のA席から神奈川の風景をぼんやり窓から見ていた。車窓と電源があるという理由で選んだ。

 

空のB席を挟み、通路側のC席に若い女性がいた。新横浜に近づく頃にそうだとわかった。その人が小さい声で「息が苦しく、席を替わってほしい」という内容を言ってきた。たぶん何らかの症状(パニック障害ではないかと思う)で窓際に移りたいのだなと思った。すぐに承諾して荷物をまとめ、A席を空けた。女性は小さくお礼を言って、A席に移った。具合が悪そうだったのでそれ以上声をかけるのは止めた。

 

品川で「お気をつけて」だけ言って降りた。若い女性はそのまま乗っていった。いつからC席にいたかわからなかったけど、私がPCを使っていたせいで名古屋から新横浜まで声をかけにくかったのかな、と申し訳なくなった。乗車中に当人から何も聞くことなく状況を察することはできないんだけど。

知らない人

知らない人と会って話すというのが小さい時から本当に苦手だ。適切な話題を続けていけているか、本来の趣旨と離れていないか、もし交渉なら設定したゴールに近づけられているか、相手に悪印象を与えていないか、言葉の選び方は適切か、言ってはいけないことをうっかり言っていないか、多少なりともおもしろいと思ってもらえるか、それらを気にしすぎてぎこちなくなったり声音が高すぎたり低すぎたりしないか――いざ話す人を目の前にしたら、「気にしたいポイント」のことなど忘れて話に突入してしまう。時々ふと我に返って自分を観察する瞬間もあって、そのときは話の内容が頭から抜け落ちているのではないかと心配になる。世間ではそこまで厳密にやるものではない(もちろん戦略を練ることは大事だけれど)というのがなんとなく、ぼんやりとでもわかってきたのは社会人になって7年以上経ってからだ。ちょうどよい加減というものが未だにわからない。難しい。

お正月の食文化

大阪のお正月がどんなものか実感を得ぬまま大阪を離れてしまった。お正月の魚といえば関東ではなんとなくまぐろの刺身というイメージでいたけど、関西では鯛を1匹焼いたものがずらっとスーパーに並び、ぶりを焼いて食べる、らしい。年始用の練り物に「桜玉」「梅玉」というのがあって、それぞれ桜の花の形、梅の花の形をした中にうずらの卵が入っている。一番関東と違うというお雑煮は白みそ仕立てに丸餅らしいけれど、弊家庭にはお雑煮を食べる習慣がなく、誰かが作った大阪風のお雑煮を食べる機会もなく、文化の違いを感じ取ることができなかった。結局、年末年始らしい食事といえば、大みそかに食べる年越しそばだけだった。その年越しそばですら、実家にいるときは年越しラーメンで、しかも夕食とは別に紅白歌合戦が佳境に入る頃に食べるという変則的なもので、文化の違いもへったくれもない。こんなものかなあと思いながらえび天が入ったおそばを食べる。

長い休み

9連休(カレンダー通りの休み)に突入した。若い頃(幼少時~20代)は年末年始の休みがあまり好きではなく、学校に行っていた頃は「早く冬休み終わらないかな」と思い、大学生の頃はバイトの予定を入れていた。最初の職場は年末年始も業務があって、休みの申請を出さない人と認識されて、毎年1月1日を除いてどこかしらに仕事が入った。

 

年月を経て、やっとそれなりに年末年始も楽しいものだという気持ちになってきた。大みそかはテレビを見ながらTwitterを見るのが定番となり、年明けは好みのテレビ番組が見つからなければカメラを持って散歩に出ると被写体がある。がっつり大掃除をしたり年末年始用のごはんやおせちを用意したりはしないけど、そこそこ掃除したり、普段料理しない割には時間があるからと何かを作ってみたり。普通の長い休みを過ごす方法が全く分からなかったのが、経験から適切な長い休みの過ごし方を身に着けた、という感じかも。