原稿用紙2枚分

はてなブログの文字カウンターで800字分

ナボナでおやつテロ

職場へのおやつテロをたまに仕掛けています。特に何の理由もなく、京都オフィスの誰か(だいたいチーム単位とか場所単位とか)宛に、通販で買ったおいしそうな何か、品川駅で手に入るような駅ナカスイーツなどを押し付けます。素直に分けて食べてもらえるととてもうれしい。一度おやつテロに慣れていないグループに突然おやつテロを仕掛けたら、そのグループのメンバー多数が困惑していて、そのときは申し訳ないことをしたなと思いました。

この間少し遅れて出社するとき、そういえばあまり東京オフィスにはやったことがないや、と思い当たって(ポテチパーティーしようぜ!と無理矢理ポテトチップス4種類くらいをおやつコーナーに置いたことはある)、寄り道して亀屋万年堂ナボナを買っていきました。以前同僚が「特にどこにも行っていないけどお土産です」とナボナを買ってきてくれた行為のパクリです。さすがに全員分買うと大変な額になるので、程よい個数のセットにしました。亀屋万年堂のお菓子は、ナボナにしてもママンミールにしても、プレーンなものの方が美味しく感じるのですが(私見です)、詰め合わせる場合は期間限定の味が優先されるのを初めて知りました。

ナボナといえば「お菓子のホームラン王」のキャッチフレーズで巨人の王選手(当時)がCMに出演していたことで有名なはずなのですが、関東ローカルのCM、かつ亀屋万年堂自体が東急線沿線を中心に店舗を出しているため、東京以外の出身の人は「ナボナ」という固有名詞にそもそもなじみがないようです。自分自身、神奈川出身だけど「ありあけのハーバー」が横浜銘菓であること、全然知らなかったしなぁ。

これまで一番好評かつ手応えのあったおやつテロは、大阪にある芋菓子屋さん「嶋屋」の「ポテト」です。大学いもっぽいけど大学いもとはちょっと違う。うまいです。

三寒四温

 昼間は妙に暖かく、夜になると風がとても強くて非常に寒かった。直接はでくわさなかったが、時折雨音も響いていた。朝の天気予報の雨マークを見逃したため、まったく傘を持つなんていうことを考えていなかったので非常に困った。雨はだいぶひどかったけど帰り道には上がっており、時折風に吹かれた電線からなのか、頭上にもかばんにもぱらぱらと雨のしずくが落ちてきた。
 昼休みに写真の練習をしようと考えて、デジイチを肩から下げて会社に行った。昼にカメラを持って外に出たときは晴れ渡っていた空が、みるみるうちに雲に覆われ、慌ててカメラを構えていると太陽の光は雲の中に消えてしまった。結局何の写真も撮ることなく、そのままカメラを持って帰った。取れ高がないのはさみしいものではあるが、天候相手に撮れないものはしょうがない。今日は太陽の光が当たるものを撮りたかったと思ってカメラを手にしていたのだし、自分の思うようにはいかないタイミングもある。撮りたいものを撮れないのならばあきらめよう、と考えるけれど、晴天を目の当たりにしていただけに少し悔やまれる。 天気が変わりやすく、気温の差も激しい今の時期は、毎日毎日暖かさと寒さが交互に訪れ、その間隔が徐々に伸びていって、春が到来する。今は梅の花が咲いていて、そのうち桜の花にバトンタッチして、桜前線が南から徐々に北上していって、気づけば春がきている。あっという間に春は過ぎて、冬にしっかり着込んでいたモンベルのダウンのことなんてきれいさっぱり忘れるくらいのさわやかな季節も、梅雨も、暑い夏もやってくる。そのことを私は毎年の体験から知っている。知っているけれど、今はとにかく寒さが身にしみるし、寒くて強い風が吹く中を歩くのは結構こたえる。ときどき吹くような生ぬるい風はすぐに寒い風に取って代わられる。もう少し早く暖かい日が続くようになるといいなと歯を強くかみあわせながらぼんやりと思う。

名前

 昔、自分の名前の由来を親に聞いてみたことがある。しかしなかなか要領を得ない。「いくつか候補を挙げた中で一番しっくりきた」「響きがよかった」「画数がよかった」「作家の三浦綾子さんと曽野綾子さんにちなんだ」など、何度聞いても複数の理由が違う組み合わせで出てくる。実際子供の名付というのはそういうものだと思うけれど。
 三浦綾子さんと曽野綾子さんにちなんだ、というのは、後付けで「プロゴルファーの岡本綾子さんにちなんだ」のような話も出てきたのでどこまで本当なのかよくわからない(岡本さんはプロデビュー1年目の1975年、つまり私の生年にトーナメント初優勝を果たしているので、ぎりぎりセーフといえばセーフ)。曽野綾子さんは今でこそいろいろ言われる人になってしまったけれど、当時はやはり著名な作家ということで、親は三浦綾子さんの著書ともあわせ何冊か読んでいたようだ。中学生になった頃に縁あって何度も読み返すようになったのがたまたま三浦綾子さんの「氷点」(続刊合わせ計4冊)で、そのときになんとなく、名前の由来に近い人の書物を読むようになったんだな、と思った。
 後に私が結婚して、名字が変わったとき、私の新しい姓名について母親が「なんだか文化人みたいな名前ね」と感想を述べた。娘の結婚に際し特に賛成意見も反対意見もなく、そもそも「結婚しない」と言い続けていた娘がまさか結婚に至るとも思っていなかった母親が、珍しくそんなことを言ったので、今もしっかり覚えている。その後、私は巡り巡って、広い意味で「書き物」を生業とするようになった。記名で連載を持たせてもらったのも結婚後の名字でのことだ。「文化人みたいな名前」という母親の言葉は、相当広く捉えて予言のようなものだったのかもしれない。
 とはいえ、私が覚えている結婚に関するもう一つの母親の発言は「たばこもお酒もやらないなんてつまらなくない?(夫に向かって)」。

教養

 先日「編む庭」というイベントに登壇させていただいた際、Web編集者にこれから必要なものは?という質問に対して「教養」と答えた。この答えを用意するまでにだいぶ迷い、「写真や動画の技術」「センス」「日本語の基礎力」など、必要だけど無難なものをいろいろ考え続け、何か違う、自分なりの指針がもっとあるはずだ、と再度考え直して、「教養」に落ち着いた。自分に対してもハードルを上げることになってしまった。
 Webにあふれる情報は本当に玉石混交で、それは先般のキュレーションメディア問題よりもっとはるか昔からある現象だ。それが玉なのか石なのかは情報を受け取る側の知識によって大きく変わるし、時代によっても大きく変わる。私は未だに、鎌倉幕府が作られた年を「1192年」からアップデートし損ねている。それでも「確か鎌倉幕府樹立の年代は解釈が変わったはず」という引っかかりさえあれば、正しい情報を求めるためにもう一歩先に踏み出すことができる。
 少しジャーナリズムに触れたことがある人は「情報は疑うもの」というフレーズに触れたことがあるかもしれない。例えば専門性を持つ人にインタビューする機会があったとき、インタビューイが話すことをそのまま文字に起こして記事を構成する人はあまりいないだろう。インタビューイはコンピュータではなく、正しいことを即座に言ってくれる機械でもない。その原稿と対峙するときに「この情報は本当に正しいんだっけ?」と思って調べる。調べて記事に反映する。インタビューイが例え間違ったことを言っていたとしても、それはインタビューイのミスではないし、聞き手のミスでもない*1。そこで記事をより良いものにするのが、「教養」というものへの向かい合い方なのではないかと考えている。

 

*1:おそらく「オーラルヒストリー」の分野ではきちんと体系立ったことが行われているのだと思うので、そのうち本を読んでみたい。

800文字にしました

これまで原稿用紙1枚分・400文字で1記事書くというのをなんとなく続けてきましたが、このたび2枚分に倍増し、文字も800文字と倍にいたしました。URLだけ400のままです。

もともとなぜ400文字というのを始めたかというと、以前文字数が決まった連載を持たせてもらっていたときに、規定文字数にきっちり狙った状態で文章を書くというのがあまりにも苦手で、文字数感覚を得たいと思ったのでした。文字数を決めたなかである程度読める文章を作るのは結構難しいです(とえらそうに言えるほどの力量があるかというとやや自信がない……)。

そんななか、以下のようなtweetを目にしました。



紙の編集をやったことはないのですが、週刊誌などでこれくらいのコーナーでこれくらいの文字数なのか、これは書き手が結構大変なわけだ、と体感としてわかりました。ある程度騒動の全体像が見えている状態、かつネット的コンテクストが共有されていない雑誌に載せるために紙に落とし込まれた、というのを目にすると、本当にすごいコラムニストなのだなぁとしみじみ思います。

というわけで、400文字縛りでやってきたのを800文字に変更して、新たに文字数の意識獲得を図っていきたいと考えました。試しにこの記事で800字を念頭に置いてやってみていますが、途中tweetをはさむという変則的な形(文字数はその分もカウントしています)というのをさておいてもやっぱり難しいものですね。

日記

400文字で日記を書いてみるというのはどうだろうか、とふと考えた。これがどんなに大変なことか知っている。まず毎日続けるのは難しいし、毎日400文字分も文章にできることがあるかというとこれまた難しい。いや日常の細かいところをすくいあげれば!みたいな着眼点の問題ももちろんあるけど、文字にする気も起きない、というような出来事だって日々あるわけだ。朝ごはんはこれを食べた、昼ごはんはこれを食べた、晩ごはんはこれを食べた、おやつはこれだった、というような定点観測でさえ毎日やるのは難しい。一時期レコーディングダイエットを試みてすぐ断念した。書き忘れてしまうのだ。あめもガムも飲み物も、すべて記録するのが前提のダイエット法だから、とにかくいつも書くことに意識が向いていないといけない。常に意識を向け続けるのがそもそも大変だ。読んだ本ですら書き留めたり記録したりできていないというのに。継続はとにかく難しい……。

子宮内膜症

女性アイドルの方が子宮内膜症であることを発表された。若いのになあ、なんて思いつつ、いや若いから発症するんだった、と婦人科の本を引っ張り出す。私はずっと自分が子宮内膜症であることに気づかずチョコレート嚢胞(子宮内膜症性卵巣のう腫)持ちだと判明して手術を受けた。ありふれた病気なのに、なかなか快癒に至らないというのは本当に大変だ。月経期に好発するからしょうがないんだけども……。昔の知り合いに計3人ほど子宮内膜症の人がいて、それはそれは大変そうだった。とにかく毎月の月経が重い。運が悪いと情緒不安定になる。それがもとでノー連絡で会社の遅刻・欠席を繰り返していた人もいた(連絡はしてくれよと思った)。「子宮内膜症だと妊娠しにくいが、妊娠すれば症状が軽くなる」という、まさに鶏が先か卵が先か問題だそうで、挙児希望なら早く妊娠しましょうなんて言われていたそうだ。アイドルだと簡単にそうする訳にもいかないしなー。